考え方

「自信がない…」からの脱出!自責の念が湧いてしまう原因と克服法!

「自信が無くて、人前で話したりするのが苦手だ」

「学校、会社からの帰り道。過去を思い出して一人反省会ばかりしている」

自信の無さや自責の念の強さは、それを消そうと努力してもなかなか消えてはくれません。

から元気をつけるようにして強制的にプラス思考で考えてみたり、

「もう昔のことは考えない!」と決断し、過去の嫌な自分と決別しようとしても、

数日経てば元通り。

自信が持てないまま、過去の自分を責め続ける暗い毎日を送るようになっていくのです。

今回はそんな方のために「自信の無さと強い自責の念を消し去る方法」を提案します。

この記事をご覧になって、どんなことにも囚われないストレスフリーな毎日を送れるようになってください。

自信の無さと強い自責の念があなたを不幸にする

常に自分をダメ出しするような完璧主義者になる

自信が無いと「今の自分で良いのか」「もっと良くならないといけないのかも」と、現状の自分に対して不安や絶望、疑いの感情が生まれてしまいます。

それでほとんどの場合は、その不安や疑いなどの感情を消そうとするあまり、何一つ欠けることのない「最高の自分」を目指すようになり、

極端に高い理想イメージを抱いてしまうようになるのです。

極端な理想イメージについて具体的に説明すると、「最高の自分」とはすなわち「何事にも完璧であること」という考え方でもって、「完璧」や「100%」を自分の理想の状態とすることです。

ところで、少し考えてみれば分かることですが、この世界には「完璧」や「100%」な物は存在しません。

それは、人それぞれが持っている様々な価値観がこの世界の中で混在しているので、どんな状態も、どんな物事も一概に「完璧」「100%」とは言えないからです。

存在しないものを求めたって、手に入るわけがありません。

しかし、完璧主義者は有りもしない「完璧」を理想とします。

そして理想の自分と現状の自分を比較することで、

「自分は何て駄目な人間なんだ」「このままじゃあ悪い」と自分を責めてしまうのです。

完璧主義である限り、このネガティブな自己対話は永遠に続きます。

例えば、

目の整形を1回だけした人が、他の部分の整形もやりたがるのは、「完璧な顔」「完璧なスタイル」を自分の理想としてしまうからです。

今の自分の顔は「理想の顔」では無い。こんな顔ではダメだ。

→更に整形すれば「理想の顔」に近づける。

そう思うことで、どんどん整形がエスカレートしていきます。

整形を何十回も繰り返した人の顔は、皆さんもお分かりの通りです。

これは人間の肉体ではなく、心にも同じようなことが起こります。

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自分の悪い部分が指摘される・漏れることを極度に恐れる

自信が無かったり、自責の念が強かったりすると、自分のダメな部分が周りの人に漏れたり、他人から指摘されたりするのがとても怖くなります。

自己評価が極端に低かったり、「いい人」になろうとするのもこの症状です。

自分の悪いことを隠そうと必死になっているのです。

もし、自信を十分に持っていたり、自責の念をある程度コントロールできていたりすると、

「誰にだってダメな部分はある」

「でも自分はこんな良い部分がある」

と開き直ることができます。

むしろ、こちらの方が健全な人間の心です。

恐怖や不安に襲われている時は自分を守ろうと必死になるので、

「ダメな部分を治していこう」とか

「何かでカバーできないか?」といった

問題解決を放棄してしまうだけでなく、言われた時の言い訳や相手への攻撃方法を考えてしまうからです。

問題解決ができなくなるだけでなく、周りとの人間関係や空気を悪くしてしまう可能性をはらんでいるのが「自信の無さ」と「自責の念」なのです。

また「悪い部分がバレる」恐怖から、

「相手にいつ、指摘されるか」が気になりずっと身構えていたり、「悪い部分が漏れないように」常に自分の行動に注意したりと、常に神経を張り詰めさせながら生活することになります。

そうなるとムダに疲労が溜まってしまうので、あまり良くないですね。

「誰にも認められない恐怖」を抱える

「自信が無い」「自責の念が強い」というのは、言い換えれば「自分を認められない」ということになります。

「自信が無い」というのは、自分の中に信じられるものが全く無いということで、「自責の念が強い」というのは、今の自分をダメだと感じているからです。

自分を認められない人は、周囲の人に「認められよう」とします。

周囲の人に認められることで初めて「認められている自分」を認識することができ、

そこに安心感や幸福感を覚えるのです。

しかし、あなたの周りに「出会い頭に毎回、自分をしっかりと認めてくれる人」はいるでしょうか?

「あなたについて直接的に意見してくる人」すらいないと思われます。

みんな「気を使って」あなたに接して、問題が起こらないように穏便に済まそうとする人がほとんでしょう。

なので、あなたを「真の意味で」認めてくれる人なんてほとんどいないのです。

だから、周囲の人が「自分のことを認めているかどうかが分からない」。

そして、そのことに対して「誰も自分を認めていないのではないか?」と不安をつのらせ、いつの間にか「誰にも認められない恐怖」を抱えるようになるのです。

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自信の無さや強い自責の念がどうして湧き出てくるか?

実は、自信の無さと強い自責の念は同じ理由で湧き出てきます。

「整い過ぎた環境」で育ってきた

日本は世界的に見ても「安心・安全」に特化した国です。(と言っておこう)

そして私たちは、そんな国の学校や社会で過ごしてきたわけです。

そこでは、自分に降りかかる様々な問題や理不尽が取り除かれています。

それはとても良いことなのですが、逆にそれらに立ち向かう機会を失ったことで、頑張って自信を持つことも、自責の念をコントロールすることも必要が無くなったのです。

それが、いざ社会の荒波に揉まれるようになれば、途端に負けてしまうのです。

それに立ち向かう力を持ち合わせていなかったから。

問題や理不尽に直面することによって得られる力は具体的にはどういったことなのでしょうか。

それは例えば、挫折を経験した後でも、また前を向いて立ち向かっていける力がその1つです。

普通の人間であれば、挫折を経験した後は自分を信じられなくなったり自責の念に襲われたりします。

しかし長い時間が経つにつれ「このままクヨクヨしていてもしょうがない」ことが分かっていき、

結果、どんな自分でもを信じていく術と自責の念を減らしていく術を身に着けていくのです。

少し厳しいことを言うようですが、問題や理不尽に多く直面した人ほど、幸せに生きていく術を手に入れる機会を得ることができます。

整いすぎた環境で育った人はその機会も無いので、ただ弱っていくだけなのです。

自分の持つ価値観が幼い

自分の持つ価値観が幼いと、ちょっとしたことで自信をなくしたり自分を責めたりしてしまいます。

逆に、色々な価値観を持っているとそんなことはありません。

広い視野で考えることができ、自分が囚われていたものがちっぽけであることが分かるからです。

例えば、

「会社の成績が良いと優秀である」という価値観と

「会社のサービスを使うお客様の満足度を第一に考えるべき」

という価値観があるとします。

「会社の成績が良いと優秀である」という価値観だけを持っている人は、成績が良い人が「優秀」で、成績が悪い人は「仕事ができない」と考えるので、自分の成績を上げるために必死になります。

ここで、いざ自分の成績が悪くなると、それだけで自分のことを「仕事ができない」とか「ダメ人間」だと思い込んでしまいます。

そして、そんな自分を責めたり、すっかり自信をなくしてしまったりするのです。

「会社の成績が良いと優秀である」と

「会社のサービスを使うお客様の満足度を第一に考えるべき」

の2つの価値観を持っている人は、

「自分の成績が悪くても良いことは無いけど、お客さんが喜んでくれれば信用も上がるし、会社にとってプラスだ」

と大きな視野でもって考えることができるので、ただ単純に成績が悪くても、それだけで自分を「仕事ができない人」とか「ダメ人間」だとは考えません。

逆に「自分はお客さんを大事にしている」という誇りがあるので、自信がついて、成績が悪いからといって自分を責めるなんてことはありません。

価値観が1つの場合だと、自分の良し悪しを決める判断材料も1つです。

価値観が2つだと、判断材料も2つになるのです。

ここから言えることは価値観が幼ければ幼いほど、小さいことに振り回されやすくなり、

色々な価値観を持っていればいるほど、ちょっとしたことにも動じなくなるのです。

自信の無さや強い自責の念から開放されるためには

価値観をたくさん手に入れる

ここは単純に価値観をたくさん手に入れるように頑張りましょう。

とはいっても、そんなに大変なことをする必要はありません。

ジャンルを問わず、色々な小説や漫画、映画を見る

小説や漫画、映画の一つ一つには作者の「伝えたいこと」がエピソードの中に埋め込まれています。

それらのエピソードを見て、作者の伝えたかったことを考えてみましょう。

ジャンルを問わないといったのは、幅広い価値観を手に入れるためです。

例えば、少年マンガばかり見ていると、「正義は勝つ」とか「何事も努力すれば必ず報われる」といった子供の価値観しか手に入れることができません。

確かに↑のような価値観は必要ですが、それだけで社会に通用するかどうかはまた別の話ですので注意しましょう。

とにかく、価値観をたくさん手に入れましょう。

自分の人生、歩く方向は「自分で」決める

あまりにも整いすぎた環境に身をおくと、頑張って自信を持つことも、自責の念をコントロールすることも必要が無くなります。

だからといって「無人島に住め」だとか「ブラック企業に入れ」のように、厳しい環境に身を投じろというつもりはありません。

人間は自分が「やりたい」と思えないものには「やりがい」を感じられず、すぐに止めてしまったり、我慢のし過ぎで不幸になったりするからです。

なので、整いすぎる環境から脱する一番有効な方法は、目標を常に持って、自分が歩きたい方向に歩けるようにすることです。

自分が歩きたい方向には色々な困難や理不尽が待ち受けていますが、これらを克服し糧にすることによって「自信」をつけ、「自分を責める」ことがいかに無意味なことなのかを理解していくようになります。

例えば、高校卒業後の進路で葛藤する高校生。

自分は将来、美容師になりたいので美容師の専門学校に入りたいと思っている。

「でも、それを聞いたら親はあまりいい気分ではないだろうな。」

「安定した収入を約束する会社に息子を入れたいと思い、有名大学を勧めてくるだろう。」

こう思っている。

ここで、分かれ道です。

自分の将来の夢を貫き通して美容師の専門学校に入るか、親の言うことを聞いて有名大学に入るか。

有名大学に入れば親もサポートしてくれる保証があるし、単位をとってゼミを頑張っておけば大学は卒業できます。

入る大学によっては、誰もが羨むような大企業に就職できるかもしれません。

安定した収入を得て、安定した生活を送ることになります。

美容師の専門学校に入るとどうでしょうか。

専門学校を卒業しても美容師の仕事ができるかどうか分かりませんし、自分のお店を持ったとしても稼ぐことができる保証はありません。

自分の将来の夢を貫き通して美容師の専門学校に入るか、親の言うことを聞いて有名大学に入るかでは「困難の数」が圧倒的に違います。

この困難を乗り越えれば乗り越えるほど、多少の出来事ではブレなくなります。

「過去にあんなことがあったけど乗り越えることができた」という強大な自信を手に入れることができるのです。

また、安定しない未来についてたくさん考える必要がでてくるので、過去の自分を思い出して一人反省するなんてことはやらないようになります。

このように、整いすぎた環境から脱するために、ただ厳しい環境に飛び込もうとはせず、自分が本当に達成したいゴールを目指し、頑張っていくのが良い方法です。

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まとめ

まとめです。

自信の無さと強い自責の念があなたを不幸にします。

具体的には、

  • 常に自分をダメ出しするような完璧主義者になる
  • 自分の悪い部分が指摘される・漏れることを極度に恐れる
  • 「誰にも認められない恐怖」を抱える

自信の無さや強い自責の念がどうして湧き出てくるか?

それは、

  • 「整い過ぎた環境」で育ってきた
  • 自分の持つ価値観が幼い

からでした。

自信の無さや強い自責の念から開放されるためには、

  • 価値観をたくさん手に入れる
  • 自分の人生、歩く方向は「自分で」決める

でした。